日頃より当院をご利用いただき、誠にありがとうございます。
院長の私から皆様へ、当院のサービス内容に関する重要な変更と、その背景にある法的な理由、および当院の獣医療に対する基本方針についてご説明申し上げます。
この度、当院では健康な動物を対象とした「一般のペットホテル(お預かり業務)」ならびに「美容目的の一般トリミング・シャンプー」の新規受付およびサービスを終了させていただくこととなりました。
長年ご利用いただいた皆様には大変なご不便をおかけいたしますが、これは関連法規の遵守と、何より「動物病院として、病気の動物に対して安全で質の高い獣医療を提供する」という当院の本来の使命を全うするための決断です。
以下に、その具体的な理由と医学的・法的な根拠を詳しく記載いたします。
1. 動物愛護管理法に基づく「保管業」の厳格化について(ホテル業務終了の理由)
ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、近年の動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)の改正、および環境省による「第一種動物取扱業者及び第二種動物取扱業者が取り扱う動物の管理の方法等の基準を定める省令」の施行により、動物をお預かりする事業(保管業)に対する施設基準や運用ルールが極めて厳格化されました。
具体的には、お預かりする犬や猫に対して、以下のような厳密な数値基準を満たすことが義務付けられています。
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ケージサイズの数値規定: 預かる動物の体格に対し、「タテ:体長の2倍以上」「ヨコ:体長の1.5倍以上」「高さ:体高の2倍以上(猫の場合は3倍以上かつ上下運動ができる構造)」という最低限の広さを確保すること。
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運動スペース(フリースペース)の確保義務: ケージとは別に、犬であれば「ケージの床面積の6倍以上」、猫であれば「2倍以上」の広さを持つ運動専用スペースを施設内に設けること。
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運動および散歩の義務化: 預かっている動物に対して、1日あたり3時間以上、上記の運動スペース内で自由に運動できる状態に置くか、または毎日の散歩などの触れ合いを行うこと。
これらの基準は、劣悪な環境で動物を飼育する悪質な業者を排除し、動物福祉(アニマルウェルフェア)を向上させるために制定されたものであり、獣医師として私自身もこの理念には全面的に賛同しております。
しかしながら、当院の施設面積において、法律が求める「健康な動物のための広大なホテル用基準ケージ群」と「十分な広さのフリースペース・ドッグラン区画」を新たに確保することは物理的に困難です。
無理にスペースを捻出することは、重症患者のためのICU(集中治療室)や、手術室、検査機器の配置など、本来優先すべき「医療のためのスペース」を圧迫することに直結します。
限られた人員とスペースの中で、法律を遵守した上で健康な動物の運動や散歩の時間を毎日確保することは、医療業務の質を低下させるリスクを伴います。
したがって、法令を遵守し、かつ当院の医療水準を維持するために、「第一種動物取扱業(保管)」としての一般ペットホテル業務からは退くという判断に至りました。
2. 「入院」と「ペットホテル」の法的な違いと、入院継続の医学的根拠
「ホテルが利用できないのであれば、病気になった際の入院もできなくなるのか」とご不安に思われるかもしれませんが、ご安心ください。
病気や怪我の治療を目的とした「入院」については、これまで通り責任を持ってしっかりと行います。
ここには、明確な法律上の区分と医学的な根拠が存在します。
健康な動物をお預かりするペットホテルは「第一種動物取扱業(保管)」に該当しますが、病気の治療を目的としたお預かりである入院は、「獣医療法」に基づく「診療施設」での獣医療行為に該当します。
そのため、動物愛護管理法が定める「1日3時間以上の運動」や「散歩」といった保管業特有の義務の適用外となります(同省令内にも「傷病動物の飼養若しくは保管をする等特別な事情がある場合にあってはこの限りでない」という除外規定が明記されています)。
医学的な観点からも、入院中の動物に対してフリースペースでの運動や散歩を強要することは、科学的に推奨されません。
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整形外科疾患や外傷: 骨折の修復手術後や椎間板ヘルニアなどの疾患においては、「ケージレスト(厳格な安静)」が治癒のための絶対条件です。動かすことでインプラントの破損や症状の悪化を招きます。
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循環器・呼吸器疾患: 心不全や重度の肺炎を起こしている動物は、わずかな運動でも酸素消費量が増大し、心拍出量の増加を強いられるため、致命的な状態(急性肺水腫など)に陥る危険性があります。交感神経の興奮を抑え、酸素室などで絶対安静を保つことが医学的なエビデンスに基づいた治療法です。
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感染症の隔離: パルボウイルスや重度の上部気道炎などの感染症患者は、院内感染を防ぐために隔離室のケージ内から出すことは公衆衛生および院内衛生上、厳に慎まなければなりません。
このように、入院室は「治療と安静」を提供するための専用の空間であり、運動や散歩を行わないこと自体が「治療の一環」です。
獣医師の厳密な管理下において、病態に合わせた適切な入院管理は今後も継続いたします。
3. 一般トリミングの終了と、疾患・高齢動物への「医療的ケア」の継続について
ペットホテルと同様の理由により、健康な動物を対象とした美容目的の一般トリミングおよびシャンプーにつきましても、サービスを終了いたします。
美容目的でのお預かりも「保管業」の範囲とみなされるため、厳格な施設基準が適用されるためです。
しかし、皮膚疾患、重度の心臓病などの内科疾患を抱えている子や、高齢(シニア)のために一般のトリミングサロンでの受け入れが困難な子に対するシャンプーや被毛のケアは、「医療的ケア」として今後も当院で行ってまいります。
これらを継続する医学的根拠は以下の通りです。
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皮膚疾患に対する薬浴(メディカルシャンプー): 膿皮症、マラセチア皮膚炎、角化症などの難治性皮膚疾患において、原因菌の増殖抑制や皮膚バリア機能の回復を目的とした薬浴は、ガイドラインでも推奨される立派な「皮膚科治療」です。獣医師が皮膚の状態を診断し、適切な薬剤を選択・処方して行う医療行為であるため、継続して実施します。
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心疾患や基礎疾患を持つ動物のリスク管理: 僧帽弁閉鎖不全症(MMVD)などの心疾患を持つ動物にとって、保定、シャワーの温度変化、ドライヤーの騒音といったトリミングのプロセスは多大なストレスとなり、カテコールアミンの放出による頻脈や血圧上昇を引き起こします。これが引き金となり、施術中に急性心不全や肺水腫を発症するリスクが常に伴います。このようなハイリスクな動物に対しては、事前の聴診や循環動態の評価を行い、万が一の急変時に即座に強心剤・利尿剤の投与や酸素吸入等の「救命処置」が行える獣医師の存在が不可欠です。
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高齢(シニア)動物の体温調節・体力低下への対応: 自力で起立できない高齢犬などは、長時間の保定で関節を痛めるリスクや、体温調節機能の低下による低体温症・熱中症のリスクが高まります。一般のサロンでは安全の担保が難しくお断りされてしまうケースが多いですが、当院では獣医療機関としての設備と知識を活かし、動物の負担を最小限に抑えたケアを提供することが責務であると考えています。
最後に
今回の変更により、これまで健康な状態でのホテルやサロンとしてご利用いただいていた飼い主様には、他の施設をお探しいただくご負担をおかけすることになり、誠に申し訳ございません。
しかし、動物病院の本来の存在意義は「病気や苦痛に直面している動物たちに対し、科学的根拠に基づいた最善の獣医療を提供し、その命と健康を守ること」に他なりません。
法令を正しく遵守し、当院の人的・物理的リソースを「医療」という専門分野に集中させることで、これまで以上に高度で安全な診療体制を構築していく所存です。
当院の方針と獣医療に対する考え方にご理解を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
ご不明な点や、現在抱えている疾患等で今後のケアにご不安がある場合は、どうぞ遠慮なく診察時にご相談ください。




