毎日、愛犬や愛猫のお腹を撫でているとき、「あれ?こんなところに小さなポコリとしたしこりがあったかな?」と気づき、不安な気持ちで病院に駆け込んでこられる飼い主様がたくさんいらっしゃいます。

乳腺腫瘍(いわゆる乳がんを含むおっぱいのしこり)は、中高齢の犬や猫で非常に多く見られる病気の一つです。

大切なご家族の体にできたしこりを見つければ、誰だってパニックになってしまうものです。

今回は、現場の獣医師の視点から、犬と猫の乳腺腫瘍に関する基本的な知識から少し専門的な最新の知見、そして何よりも大切な「予防と獣医師との連携」について、詳しく、そしてできるだけ分かりやすくお話ししたいと思います。

1. 犬の乳腺腫瘍:実は「半分は良性」という事実

犬の乳腺腫瘍の最大の特徴は、「良性と悪性の割合が、おおよそ50%ずつである」ということです。

さらに、悪性(乳がん)であったとしても、そのうちの半分は転移を起こしにくい比較的おとなしいタイプだと言われています。

つまり、しこりが見つかったからといって、すぐに「もうダメだ」と悲観する必要はありません。

【少し専門的なお話】 近年、獣医療でも腫瘍の「組織学的グレード(悪性度の分類)」や「サージカルマージン(手術でどれくらい余裕を持って切除するか)」の評価がより厳密に行われるようになっています。

昔は「しこりがあればとりあえず全部取る」という方針が主流だった時代もありましたが、現在は腫瘍の大きさや位置、リンパ節への影響などを細かく評価し、「その子にとって過不足のない手術」を計画することが世界的なスタンダードになりつつあります。

早期に発見し、適切な切除を行えば、根治(完全に治ること)が十分に望める病気です。

2. 猫の乳腺腫瘍:スピード勝負の「悪性」がほとんど

犬と比較して、猫の乳腺腫瘍は非常にシビアです。

猫の乳腺腫瘍の約85〜90%が悪性(乳がん)であり、進行が早く、リンパ節や肺へ転移しやすいという厄介な特徴を持っています。

猫の乳腺腫瘍において最も重要な指標は「しこりの大きさ」です。

  • 2cm以下の段階で手術できた場合:比較的予後が良い(生存期間が長い)

  • 3cm以上になっている場合:すでに転移しているリスクが高く、予後が厳しい

「小さな米粒くらいのしこりだから様子を見よう」は、猫においては絶対に避けていただきたい選択です。

【少し専門的なお話】 最新の研究において、猫の乳腺がんは人間の乳がん(特にトリプルネガティブやHER2陽性乳がんなど)と分子生物学的な性質が似ていることが分かってきています。

現在、特定の分子標的薬などの研究も進んでいますが、現時点での最も確実でエビデンスレベルの高い治療は「早期の外科切除(片側あるいは両側の乳腺全摘出)」です。

猫の場合は、しこりだけを小さく取るのではなく、広範囲に切除することが再発を防ぐための絶対的な鍵となります。

3. 最大の予防法「避妊手術」と、その例外

犬でも猫でも、乳腺腫瘍の発生には女性ホルモン(エストロゲンやプロゲステロン)が深く関わっています。

そのため、若いうちに避妊手術を行うことが最大の予防策となります。

  • 犬の場合: 初回の発情(生理)が来る前に避妊手術をすると、乳腺腫瘍の発生率を約0.5%に抑えられます。1回目の発情後では約8%、2回目以降では約26%と、発情を繰り返すたびに予防効果は薄れていきます。

  • 猫の場合: 生後6ヶ月齢未満に避妊手術を行うと、乳腺腫瘍のリスクを約91%も減少させることができます。

これだけを見ると「とにかく早く避妊手術をすべき」と思われるかもしれません。

しかし、ここに重要な例外が存在します。

【知っておくべき最新の知見と例外】 近年、一部の大型犬(ゴールデン・レトリーバーやジャーマン・シェパードなど)において、「早期(1歳未満)に避妊・去勢手術を行うと、将来的な関節疾患(前十字靭帯断裂など)や、他の特定のがんのリスクがわずかに上昇する可能性がある」という大規模なデータが報告されました。

つまり、「乳腺腫瘍の予防」という観点だけで一律に早期の避妊手術を推奨する時代は終わりつつあり、「その子の犬種や体格に合わせて、適切な手術のタイミングをオーダーメイドで決める」ことが現在の獣医療の最前線における考え方です。

4. だからこそ「かかりつけ医」との相談が何より大切です

インターネット上には様々な情報が溢れています。

「避妊手術は絶対に早期にすべき」「いや、病気でもないのに体にメスを入れるべきではない」「このサプリでしこりが消えた」など、極端な意見を目にして混乱してしまう飼い主様は少なくありません。

しかし、目の前にいるご家族の年齢、犬種や猫種、日々の生活環境、そして性格を一番よく理解しているのは、飼い主様ご自身と、定期的に診てくれている「かかりつけの獣医師」です。

避妊手術のタイミングひとつをとっても、乳腺腫瘍の予防メリットと、その他の疾患の発生リスクを天秤にかけ、フラットなデータに基づいた判断が必要です。それはネット上の一般論では決して決めることができません。

おわりに:毎日のスキンシップが命を救います

乳腺腫瘍から大切な家族を守るために、ご自宅で今日からできる一番の取り組みがあります。それは「毎日のスキンシップ(触診)」です。

お腹を撫でるとき、脇の下から足の付け根にかけて、優しく指で触ってみてください。

もし「BB弾のようなしこり」や「米粒のような硬いもの」を見つけたら、迷わずかかりつけの動物病院を受診してください。

「何でもなかった、気のせいだったね」で笑って帰れるのが一番ですし、私たち獣医師も「早く連れてきてくれてありがとう」と心から思います。

不安なことがあれば、いつでも動物病院を頼ってください。

私たちは、飼い主様と一緒に大切なご家族を守るためのチームです。