動物病院の診察室で、「心臓に雑音がありますね」「心臓病のサインが出ています」とお伝えしたとき、多くの飼い主様がハッと息を呑み、不安な表情を浮かべられます。

「心臓病」という言葉の響きは、それほどまでに重く、怖いものとして響くのだと、日々の診療を通じて痛感しています。

しかし、獣医療は日々進歩しています。

心臓病は「診断されたらすぐに命に関わる病気」から、「正しく状態を把握し、適切に付き合っていくことで、長く穏やかな時間を過ごせる病気」へと変わりつつあります。

この記事では、愛犬・愛猫の心臓病について、心臓の役割から最新の治療の選択肢、そして何よりも大切な「動物病院との二人三脚での歩み方」について、獣医師の視点からできる限りわかりやすくお話しします。

少し長くなりますが、大切なご家族を守るための知識として、ぜひ最後までお付き合いください。

1. そもそも、心臓はどんな働きをしているの?

心臓は、全身に血液を送り出す「ポンプ」の役割を果たしています。

休むことなく、24時間365日、一定のリズムで動き続けています。

右側の心臓(右心房・右心室)は全身から戻ってきた血液を肺へ送り、肺で酸素をたっぷり取り込んだ血液は、左側の心臓(左心房・左心室)へ戻り、そこから再び全身へと勢いよく送り出されます。

この一連の流れがスムーズに行われることで、脳や腎臓、肝臓など、あらゆる臓器が正常に働くことができます。

つまり、心臓の機能が低下するということは、単に心臓だけの問題にとどまらず、全身の臓器への酸素や栄養の供給が滞り、体全体に影響を及ぼすということを意味します。

2. 犬と猫で異なる、代表的な心臓病

犬と猫では、かかりやすい心臓病の種類が大きく異なります。

ここでは代表的な2つの病気について解説します。

【犬に多い】僧帽弁閉鎖不全症(そうぼうべんへいさふぜんしょう)

小型犬(チワワ、トイ・プードル、マルチーズ、キャバリアなど)の高齢期に非常に多く見られるのがこの病気です。

左心房と左心室の間には、「僧帽弁」というドア(弁)があります。

血液を全身に送り出す際、このドアがピタッと閉まることで、血液が逆流するのを防いでいます。

しかし、加齢や遺伝的な要因でこのドアが変形してうまく閉まらなくなり、血液が左心房へ「逆流」してしまうのが僧帽弁閉鎖不全症です。

逆流が起こると、心臓は「もっと頑張って血液を送らなきゃ!」と無理をしてしまい、徐々に心臓自体が風船のように大きくなってしまいます。

【猫に多い】肥大型心筋症(ひだいがたしんきんしょう)

猫で最も多いのは、心臓の筋肉(心筋)が分厚くなってしまう病気です。

筋肉が内側に向かって分厚くなるため、血液を貯めておくスペースが狭くなり、十分な量の血液を全身に送り出せなくなります。

猫の場合、犬のように特徴的な心雑音(血液の逆流音)が聞こえないケースも少なくないため、発見が遅れやすいという厄介な特徴があります。

3. 飼い主様が気づける「サイン」とは?

心臓病は、初期段階ではほとんど症状が出ません。しかし、進行するにつれて以下のようなサインが現れ始めます。

犬でよく見られる症状

  • 咳をする: 喉に何か引っかかったような「カッカッ」「ケーン」という乾いた咳。大きくなった心臓が気管を圧迫したり、肺に水が溜まり始める(肺水腫)ことで起こります。

  • 疲れやすくなる: 散歩の途中で座り込む、以前より寝ている時間が増えた。

  • 呼吸が荒い: 安静にしているのにハアハアしている。

  • 失神: 興奮した時などに突然バタッと倒れる。

猫でよく見られる症状

  • じっとしている・隠れる: 猫は体調不良を隠す動物です。なんとなく元気がない、高いところに登らなくなった等の変化に注意が必要です。

  • 呼吸が早い・お腹で息をする: 猫が口を開けてハアハアと呼吸している場合は、非常に危険な状態(緊急事態)の可能性があります。

  • 後ろ足の麻痺: 心臓内でできた血栓(血の塊)が血管に詰まる「動脈血栓塞栓症」という恐ろしい合併症です。突然、後ろ足を引きずって痛がって鳴く場合は、一刻を争います。

【ご自宅でできる最も重要なチェック:安静時呼吸数】

心臓病の悪化(うっ血性心不全)をいち早く察知するために、ご自宅で「安静時呼吸数」を測ることをお勧めします。

犬も猫も、ぐっすり眠っている時の呼吸数が「1分間に30回未満」であれば、心臓の状態は比較的安定していると判断する一つの目安になります。

もし継続して40回を超えるようなら、すぐに動物病院にご連絡ください。

4. 動物病院で行う「心臓の検査」

心臓病を正確に診断し、どの程度進行しているかを把握するためには、複数の検査を組み合わせる必要があります。

  1. 聴診(ちょうしん): 聴診器で心音を聞きます。血液の逆流による「ザーッ」という雑音の有無や大きさを確認します。ただし、「雑音が大きい=すぐに命に関わる」というわけではなく、例外として雑音が小さくても心不全を起こしているケースもあります。

  2. 胸部レントゲン検査: 心臓の全体的な大きさや形、気管の圧迫具合、そして「肺に水が溜まっていないか(肺水腫)」を確認します。

  3. 超音波(エコー)検査: 心臓の内部をリアルタイムで覗き込む検査です。弁の形、逆流の程度、心房や心室の具体的なサイズをミリ単位で測定します。現在の獣医療では、このエコー検査の数値が治療方針を決定する上で最も重要な指標となります。

  4. 血液検査(バイオマーカー): 「NT-proBNP」という、心臓への負担度合いを示す数値を測定することがあります。特に、超音波検査を嫌がる猫のスクリーニング(ふるい分け)検査として非常に有用です。

5. 治療の選択肢:お薬から外科手術まで

心臓病の治療は、大きく「内科治療(投薬)」と「外科治療(手術)」に分かれます。

【内科治療(お薬でのコントロール)】

現在、犬の僧帽弁閉鎖不全症については、ACVIM(アメリカ獣医内科学会)が定めた世界的なガイドライン(2019年改訂)に基づき、進行度合い(ステージA〜D)に合わせた治療が行われることが一般的です。

  • 初期〜心拡大があるが症状はない段階(ステージB):

    エコー検査やレントゲン検査で一定以上の「心臓の拡大」が確認された場合、「ピモベンダン」というお薬(強心作用と血管拡張作用を併せ持つ薬)を開始します。症状が出る前からこの薬を始めることで、心不全の発症を大幅に遅らせ、寿命を延ばすことができるという確固たる科学的エビデンスがあります。逆に言えば、心臓が拡大していないごく初期(ステージB1)での投薬は推奨されていません。

  • 症状が出ている段階(ステージC以降):

    肺水腫などの心不全症状が出た場合、ピモベンダンに加え、体に溜まった余分な水分をおしっこで外に出す「利尿剤」や、血圧を調整する「ACE阻害薬」などを組み合わせて使用します。

猫の心筋症(HCM)についても、同様にACVIM(2020年)のガイドラインが存在し、心臓の形や血栓のリスクに応じたお薬(抗血栓薬やβ遮断薬など)が処方されます。

内科治療の目的は「病気を治すこと」ではなく、「進行を遅らせ、苦痛を取り除き、生活の質(QOL)を維持すること」にあります。

【外科治療(心臓の手術)】

犬の僧帽弁閉鎖不全症において、「病気そのものを治す(根治)」を目指す唯一の方法が外科手術(僧帽弁修復術)です。

人工心肺装置を使って一時的に心臓を止め、悪くなった弁を縫い縮めたり、切れた腱索(弁を支える糸)を人工の糸で再建する大手術です。

かつては夢のような治療でしたが、現在では専門の心臓外科チームを持つ二次診療施設での成功率(退院率)は90〜95%以上と非常に高くなっています。

手術が成功すれば、生涯にわたる投薬から解放される可能性もあります。

ただし、すべての犬が手術の適応になるわけではありません。

費用が高額になること(施設によりますが、概ね180〜200万円程度)、そして心臓以外の重度な併発疾患がある場合や、病気が極端に進行しすぎた状態(ステージD)では成功率が下がるという例外事項もあります。手術が可能かどうかは、かかりつけ医を通じて専門医としっかりと相談する必要があります。

6. 心臓病は「全身の病気」〜心臓と腎臓の深い関係〜

心臓病の治療を進める上で、飼い主様にどうしても知っておいていただきたいのが「腎臓との関係(心腎連関)」です。

心不全を起こすと、肺の水を抜くために「利尿剤」を使用します。

利尿剤は呼吸を楽にするための命綱ですが、一方で体内の水分を強制的に排出するため、腎臓への血流が減り、腎臓に大きな負担をかけてしまいます。

「心臓を助けようとすると、腎臓が悪くなる」

「腎臓を守るために利尿剤を減らすと、肺に水が溜まり呼吸が苦しくなる」

心臓病の末期では、獣医師はこのジレンマの中で、その子にとっての「最適なバランス(投薬量)」を綱渡りのように探り続けることになります。

そのため、心臓病の治療中は定期的な血液検査(腎臓の数値の確認)が絶対に欠かせないのです。

7. 最も大切なこと:かかりつけの動物病院との「対話」

ここまで、心臓病の医学的なお話をしてきましたが、最後に、そして一番強くお伝えしたいことがあります。

それは、「心臓病の治療において、最も重要なのはかかりつけの動物病院としっかりと話し合いをすること」だということです。

心臓病の治療には、「どんな子にも当てはまる絶対の正解」はありません。

同じ病状であっても、その子の年齢、性格(薬を飲むのが極端にストレスになるか)、併発している別の病気、そして飼い主様のライフスタイルや経済的な状況によって、選ぶべき最善の道は異なります。

  • 「仕事の都合で、1日3回の投薬はどうしても難しい」

  • 「薬を飲ませようとすると噛んでしまって、お互いに限界が近い」

  • 「費用的に、外科手術や高度な検査は難しい」

  • 「少しでも長く生きてほしいのか、短くても苦しみのない穏やかな最期を迎えさせたいのか」

こうした飼い主様の「本音」は、治療方針を決定する上で、エコーの数値と同じくらい重要なデータです。

私たち獣医師は、病気だけを診ているわけではありません。

動物たちと飼い主様の「生活」を支えるために存在しています。

ですから、できないこと、不安なこと、疑問に思うことは、どんなに些細なことでも構いません。

すべて正直に獣医師にぶつけてください。

ガイドラインという「科学的な道しるべ」を基にしながらも、最終的にその道をどう歩くかは、飼い主様と獣医師の話し合いによって決まります。

獣医師からの提案を一方的に受け入れるだけでなく、異なる視点や事情があれば、ぜひ共有してください。

私たちはそれを一つの重要な要素として受け止め、一緒に最適なプランを再構築します。

終わりに

「心臓病」という診断は、確かに辛いものです。

しかし、正しい知識を持ち、動物病院というパートナーと手を組むことで、愛犬・愛猫との穏やかな日々を一日でも長く守ることは十分に可能です。

少し呼吸が荒いかもしれない、最近寝てばかりいる……もし、愛する家族にそんな小さなサインを感じたら、どうぞ迷わず動物病院へ足を運んでください。

早期の発見と対話こそが、彼らの未来を守る一番の特効薬なのです。